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TENET/テネット: カーチェイス超全容

TENETカーチェイス:4台の車

全部入り! 超全容チャート

「TENET テネット」の中でも特に難解なカーチェイスのシークエンス。したがってネットにも考察や解説が溢れているが、タイムラインの概観と人物毎・順逆視点毎の行動ログを一度に俯瞰できる一覧性指向の資料があったら便利かも?と思い、作ってみた。映像にはないけど起きていたはずの出来事、脚本からの情報、自分の推す "ボルコフ241回収説" なども盛り込んだので名付けて「超全容チャート」。以下の考察と合わせて見てもらえたら幸いです。

TENETカーチェイス:超全容チャート

誰の思惑で進行していたのか?

タリンでのカーチェイスは、主人公らTENET部隊によるプルトニウム241強奪作戦で始まる。狙いはウクライナ保安庁が移送中の241。横取りを警戒して作戦はセイターには秘密 (注1)。ムンバイでプリヤの指示を受けた主人公は、アマルフィでセイターに接触、本作戦で241を入手し、それを餌に彼の企みを探る計画だった (プリヤの真の狙いは後で判明)。しかし、241の強奪に成功した直後から主人公はセイターに翻弄され続ける。というより、セイターに蹂躙されるキャットを救いたい一心で盲進してしまう。

一方、セイターは未来人からの情報で予め「241強奪事件」の史実を把握しており、その行方を部下ボルコフに見張らせる。おそらくセイターは単純に主人公から241を横取りするつもりだった。しかし、フリーポートでアイブス隊の突入を機に逆行に転じた「未来の自分」が主人公に介入したせいでそうは行かない。そうは行かなかったので主人公に介入するという因果のループを辿る。逆行の扱いには慣れた彼も、無駄に妻を撃ったり、主人公の嘘に騙されたり、241の発見も偶然だった。

つまり、このカーチェイスは、主人公とセイターの思惑がぶつかり合ったことで成り行き任せの展開となった (結果的にはセイターと、実はプリヤの狙い通り)。そんな中、241を見つけた逆行セイターからの情報をうまく活かし/隠しながらブツを回収したボルコフは、最も冷静に全体を見渡せていたと思う (次項)。

注1:セイターは、豪華ヨット上で主人公が示した241強奪計画&協業にゴーサインを出したが、具体的な作戦はその後タリンで立てられたので彼は知らない。しかし、派手な241強奪事件は世間に報道されたはずで、そのレベルの情報はセイターも未来人経由で把握済み。

誰が241を回収したのか?

カーチェイスの最中、主人公は241を隠すべく見知らぬサーブへ投げ込むが、それを逆行セイターに目撃されてしまう。ではその後、セイター軍団の誰が、いつ、サーブの241を回収したのか? なんとそれが劇中で描かれないのだ。そのため、色々な推測が飛び交うことになった。

カーチェイス序盤、主人公とニールは、逆行セイターの「逆さま」の無線通話を傍受する。上述の「目撃」の流れから言って、その通話の内容は241の在処 (未来のサーブ) だろう。となるとその通話相手が問題だが、それがフリーポートで待機中の順行セイター自身だったという説がある (さらに彼が241を回収したとも)。しかし、その時点で順行セイターが241の在処を知ったのだとすると、彼はその後、妻を撃ってまで主人公に無用な尋問をした上、わざと騙されてBMWを漁る芝居までしたことになる。それは考え難い。

逆さま無線の通話相手は順行セイターではなく順行の部下、さらに言えば、その時ベンツで241強奪作戦を偵察していたボルコフと考えるのが妥当だろう。元々セイターは、フリーポートに潜んでいた順行時から偵察中のボルコフと交信していたのだから。つまりセイターは、逆行後、サーブの車内 (身内の逆行車なのになぜか主人公が乗っている) を跳ね回る241を目撃した時に初めてその在処を知り、それを無線で順行ボルコフに伝えたのである。寡黙なボルコフは、その先、セイター本人にも誰にも答えを漏らさず、ベンツでフリーポートに戻った少し後 (主人公がサーブに乗るより少し未来) で、停車中のサーブから静かに241を回収したものと思われる。

もちろん、ボルコフ以外の順行の部下がセイターの無線を受信し、サーブの241を回収した可能性もなくはない。ただ、映像外で無駄にアルゴリズムへの接触者を増やす必要もないし、何より、全パーツが揃ったアルゴリズムを背負って最後にスタルスク12に現れたのがまたもや宿敵ボルコフ、という場面へストレートに繋がることからも「ボルコフ回収説」を支持したい。

主人公はサーブの241に気付かず

割と広まっている話として、逆行後の主人公がサーブに乗り込んで後部座席に目をやった際、順行の自分が投げ込んだ241の存在を確認したという説がある。そして、それをBMWに戻すために過去の高速道路へ戻ったのだと。しかし、基本的に登場人物たちは、順行体験と逆行体験の辻褄を合わせることを意識して行動してはいない。合うべき辻褄は行動の結果、合ってしまうのである (本作の土台は決定論)。この場面の主人公は、ニールとの会話にある通り、キャットが過去でセイターに殺される不安に駆られ、手近にあったサーブで逆行セイターを追っただけである。

そもそも主人公は、自分が241を投げ込んだサーブがセイター軍団の車であることも、元々フリーポートに停めてあったことも知らなかった。逆行のまま外に出た時、偶然「あのサーブ」らしき車を見つけたが、乗り込んで車内を見回した時点では241の存在に気付いていない。脚本では以下のようになっている (NOTHING)。

The Protagonist LOOKS in the glove box – NOTHING – LOOKS in the wheel well – NOTHING – the back seat – NOTHING. He gives up – starts the engine...

241は主人公の死角にあったのだ。つまり、主人公が (再び) 241を目にするのは、セイターと同じく、それがサーブの車内を跳ね回ってBMWへ飛んでいく時である。その部分の脚本は以下の通り (シートの脇に挟まっていた)。

– the BLACK METAL SHAPE ‘unwedges’ from where it’s been stuck down the side of a seat – ‘BOUNCING’ around the interior –

車は逆行しているのか?

結論から言うとサーブとアウディは逆行車である。自分は最初、車が回転ドアに入るか微妙だし、逆行の運転手は「バックギアで前進」すればいいし、車は全部順行だろうと考えていた。

だが、そもそもサーブは、順行の主人公の目の前で横転状態から勝手に起き上がって後退走行し始めた。これは順行の車ではあり得ない。また、セイターに爆破された際、逆行の主人公だけでなくサーブ自体も凍結した。これらのことから、サーブは逆行と考えて間違いないだろう。逆行の主人公が乗り込む前 (未来) にセイター軍団が回転ドアを通してあったのだ。

そして、サーブが逆行なら、同じくセイター軍団の車でなおかつ逆行の部下が運転していたアウディも逆行と考えるのが自然だろう。そうすると、順行視点の映像でアウディとサーブが後退走行でもかなりスピードが出ていたのも納得できる (バックギアではなかった)。

ただ、単純に回転ドアで逆行化した車 (特にエンジン) が順行の空気とうまく作用できるのか、何らかの改造が施されているのかは不明。また、サーブの発進時の映像でのみ、駆動輪が進行方向と逆の回転をしているのも謎。単なる逆再生ではなさそうなので何か意味付けはありそうだが。逆行主人公が逆行サーブを運転するのに苦労していたのは、ホイーラーが「走れば風は背中に」「摩擦と風圧抵抗も逆」と言っていたように、逆行世界ならではのコツや苦労があるものと思われる。

赤い部屋のセダン=サーブ?

タリンのフリーポートの赤い部屋には、カバーが掛かったセダンがあった。わざわざこの部屋まで車を入れているというのは、セイターたちが車を回転ドアで逆行化していた証拠の1つと言える。それはいいのだが、この赤い部屋のセダンが、のちに主人公が乗るサーブだという説をたまに見かける。回転ドアを占拠したTENET部隊が、主人公のためにそのセダンを逆行化して外に置いたというのである。

しかし、逆行の主人公が外に出ると言い出したのは突然のことで、ニール、アイブス、ホイーラーを呆れさせてあっという間に外へ出たので、セダンを逆行させたり、外へ出す時間はなかったはず。やはり上述の通り、外のサーブは、元々セイター軍団が逆行化して置いてあったものと思われる。赤い部屋のセダンはサーブとは別の車である。Redditに「ボディ形状やホイールが似ている」という話も出ていたので確認してみたが、ホイールのデザインは明らかに違っていた。

TENETカーチェイス:赤い部屋のセダン

オレンジケースの発信機と盗聴器

逆行のままフリーポートを出る主人公に「ケースに発信機は?」と訊かれ、ニールは「ケースは投げた」とだけ答えた。妙な返答だが「(発信機は付いてはいたけど?)」というニュアンスがあったのだろう。それを受けて主人公は「あれが起点だ」と受信機を要求する。その後、主人公がニールから受け取ったのは、発信機の信号を受信できるスマホ (見た目はGalaxy S10) と、特に要求しなかったワイヤレスイヤホン型の何か (耳に入れて出発) である。

主人公はそのスマホで発信機の信号を追い、道端に捨てられた空のオレンジケースを発見する。そして耳に入れてきた「イヤホン型の何か」をケースの奥底に取り付けて再び放置し、セイターたちのベンツが通るのを待った。そこで主人公が何をケースに付けたのかと言うと、その先の過去でベンツ車内の会話を聞くための盗聴器である。そのおかげで、サーブがベンツに近づいた時、「…爆心地に残りのアルゴリズムを運べ…」というセイターたちの会話が聞こえてきたのだ。

TENETカーチェイス:発信機と盗聴器

その盗聴器だが、実は脚本では「Bluetoothイヤホン」と記されている。Bluetoothイヤホンでも、Class 1対応の機種なら実際に見通し100mは届くので、本当にイヤホン (マイク付き) の想定なのだろう。だからこそニールも、主人公に要求されてはいないが、単にスマホの付随品としてそれを一緒に渡したのだろう。

そのイヤホン (逆行) がベンツ車内の会話を伝えてくれた後、いつまでケースに付いていたかは不明。順行の主人公がBMWでケースを持っている間に気付いた様子もないし、そのまま遡ってウクライナ保安庁に見つかって捨てられたのかも?

ちなみに、発信機 (順行) は元々ケースに付いていた。仮にもブツは241である (本当に仮)。荷主のウクライナ保安庁か、警備担当のエストニア警察が発信機を付けていても不思議はない。実際、消防車での強奪作戦中に、警察が遠隔で241の動きを確認するシーンがあった。となると、道端の空ケースもいずれ警察が回収に来るだろうが、主人公はその前まで逆行したところで先に見つけたというわけである。

ベンツに飛び込むオレンジケース

主人公が盗聴器を仕込んだオレンジケースは、逆行視点の映像上、道端からベンツに飛び込んでいく。順行視点で考えるとケースは車内から地面に投げ捨てられた。つまり、それは順行者の仕業である。その時のベンツの映像をよく見ると、左ハンドルの運転席にスーツ姿の順行ボルコフ、助手席には逆行セイターと共に逆行アウディから乗り移ったマスク姿の逆行部下が見える。逆行セイターは後席にいるはず。アウディとの併走~渋滞現場までの映像で確認できるベンツの搭乗者はこの3名である。

ところで、ケースはベンツの右側の窓から投げ捨てられたが、その時、唯一の順行者であるボルコフは、左側の運転席でハンドルを握っていた。ん? さらに凝視すると、マスク姿の男 (逆行セイター?) が後席右側で窓の外を見ている。あれ!? (笑)。バグの可能性大だが、もう一人順行の部下が乗っていたと考えれば話は繋がるのでみんな深掘りしていない。自分もそうする。

TENETカーチェイス:ベンツに飛び込むオレンジケース

ちなみに、セイターは「BMWの主人公からキャッチしたケースが空だったから捨てた」と思われがちだが、ここでのセイターは逆行なので、彼がオレンジケースに遭遇したのは道端から飛び込んできた時である。盗聴音声で彼が「ケースは空だ」と言っていたのは、事態を逆から把握したからだろう。この後、おそらく逆行セイターは、順行ボルコフから「アウディに乗り移って空ケースをBMWの野郎に投げ渡して下さい」と進言され、その通りに行動したと思われる。上の方で、基本的に登場人物たちは順行体験と逆行体験の辻褄合わせをしないと述べたが、ここに関しては、241の在処を知った順行ボルコフが慎重にその過程を巻き戻そうとした可能性はある (それが逆行セイターの行動の動機付けになる)。

謎1:キャットの傷の進行方向

本作の世界では、「順行の人や物」が「逆行の人や物」に及ぼした物理的インパクトは順行方向に進行するという法則がある (逆も同様)。例えば、オスロ空港のフリーポートで順行主人公が逆行主人公を刺したナイフ傷は順行方向に進行し、その後治癒した。だからタリンからの逆行視点では、逆行主人公の腕が徐々に痛みだし、遂にはオスロ空港で出血したのである。BMWのサイドミラー破損やスタルスク12の「可哀想なビル」もこの法則に沿っている。

この法則に従えば、逆行セイターに逆行銃で撃たれたキャットの銃創は逆行方向に進行するはずだが、実際は映像の通り、傷は順行方向に進行した。実は冒頭のオペラハウスでも、ニールに逆行銃で撃たれた順行のSWATが順行方向に負傷したので、これら逆行銃のケースに一貫性はあるように見える。ではどういう理屈なのか? 残念ながら自分はバグと考えている。

その理由は、被害者を貫通してガラス壁や座席下に残った弾痕との矛盾である。これらの弾痕は、順行視点で見て発砲の前から存在していた。それは逆行弾が逆行方向に作用した結果として理解できる。ではなぜ人物の銃創だけは順行方向に進むことにしたのか? どうもノーラン監督は、逆行弾の挙動に関して、順行視点で見た時の「弾が壁から戻る」イメージに囚われすぎた気がする。
・ 逆行弾は発射時に壁から戻るから、その前に人がいれば壁側から体を貫通する
・ 逆行弾が「後退で貫通」すれば、その傷は通常とは逆の順行方向に進行する
というわけである (図中①)。

TENETカーチェイス:キャットの傷の進行方向

しかし、逆行弾が壁から戻るのは順行視点で見た場合の話である。逆行セイターが逆行銃を撃つところを逆行視点で見れば、図中②のように、銃口から出た弾がキャットの腹から背中へ抜けて壁に当たるはず。その際、弾の侵入跡は、逆行の時間に沿って弾の後ろ (銃と弾の間) にできていくので、傷も痛みも、壁の弾痕同様、過去に向けて残るはずである。図中③のように、弾が体内に留まる場合を想像してみてもよい。弾は過去に向けて残るので、順行の被害者は撃たれる前から痛みに苦しむだろう (②や③は「いつから問題」の対象となる)。

なお、映画の終盤、スタルスク12の地下において、順行ボルコフに撃たれた逆行ニールの怪我もこのバグと同じルールで進行するが (方向は逆)、ニールがほぼ即死だったことから、キャットの場合ほどは違和感が目立たない。

謎2:勝手に動き出すアウディ

もう1つの大きな謎がアウディの動きである。逆行車であるアウディは、順行視点の映像で前方からバックで走行しながら現れ、BMWとのやりとりの後で運転手が不在となり、BMWから飛び移った主人公がブレーキペダルを手で押して停止させた。これをアウディに合わせて逆行視点 (映像にはない) で追ってみると、運転手不在で停止中のアウディが、主人公がブレーキペダルを手で押して離しただけで前進し始めたことになる。それはおかしい。

TENETカーチェイス:勝手に動き出すアウディ

順行視点の映像で途中までアウディに乗っていた運転手はマスク姿の逆行者である。彼の逆行視点では、後退ベンツ (順行) から走行中の前進アウディ (逆行) に乗り移った後、そのまま前進走行でフリーポートに戻って停止しただけ。彼も主人公も、アウディに途中乗車して「停止」はさせたが、おかしなことに誰も「発進」させていない。順行逆行を問わず、物が動いたり作動するには、その起点となる誰かの意思と行為 (または自然現象) が必要なはずだがそれが欠けているのだ。残念ながらこれもバグと思われる。

ご清覧ありがとうございました。

TENET テネット(字幕版)

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