TENET/テネット:「いつから問題」の解釈

TENETいつから問題：可哀想なビル

「TENET テネット」を観た人の多くが悩む「いつから問題」 (勝手にそう呼ぶ)。これに関しては割と早い時期にRedditで見かけた解釈が腑に落ちて自分の中で消化済みだったのだが、その後も国内の考察ブログなどではあまり共有されていない気がするので書いておく。

いつから問題とは

本作の架空の法則によれば、「順行の人や物」が「逆行の人や物」から受けた損傷 (物理的インパクト) は、発生時点から過去に向かって進行する (逆も同様。但し例外的バグもある)。例えば、冒頭のオペラハウスで主人公が座席下に見つけた弾痕は、順行視点の映像において、ニールによる「逆行銃」の発射で綺麗に消えた。同様に、主人公らが乗るBMWのサイドミラーも登場時点で破損していたが、その後、「逆行アウディ」との接触で綺麗に直った。

TENETいつから問題：座席下弾痕とサイドミラー破損

では、発生原因より前からあったこれら逆行の損傷は、一体全体過去のいつまで遡るのか? 順行視点で言えば、いつから損傷していたことになるのか? 上述の法則で考えると、オペラハウスの建造当初、あるいはBMWの製造当初から損傷していたことになりそうだが、さすがにそれはあり得ない。新築や新車が傷物だったら注文主は受け取らないだろう。この袋小路が「いつから問題」である。

Pissing in the wind解釈

「いつから問題」は、逆行が順行に与えた影響が過去に向けてずっと継続するという先入観のせいで生じてしまう。自分がRedditで見た「Pissing in the wind解釈」では、逆行の影響は一定期間しか及ばないと考える。つまり、オペラハウスの座席下の弾痕も、BMWのサイドミラーの破損も、過去に遡るにつれて徐々に逆行の影響が弱まり、自然に元の姿に戻るというのである。全くもって想像の域は出ないが、これなら本作の世界でもあり得る気がする。

オスロ行きのコンテナの中でニールが主人公に説明した通り、アルゴリズムが起動されない限り、世界は順行が優位であり、逆行は風に抗うのと同じ。それに対する主人公のセリフが「無駄な抵抗か」(Pissing in the wind) であった。「Pissing in the wind解釈」はこのやりとりから類推されたものである。

可哀想なビルも解決

スタルスク12で赤チーム (順行) と青チーム (逆行) の双方から砲撃され、再生した瞬間に崩壊した通称「可哀想なビル」。本作を象徴する印象的なシーンだが、このビルも「いつから問題」の一例である。もし青チームによる破壊が過去に向けて永続するとしたら、このビルは歴史上で一瞬しか建っていなかった!?という疑問で行き詰まる。しかし「Pissing in the wind解釈」を適用すれば、過去にはちゃんと建っていたことを説明できる。

TENETいつから問題：Pissing in the wind解釈

生体の損傷について

タリンのフリーポートで、セイターに逆行銃で撃たれた順行キャットの傷は順行方向に進んだ。あれはバグと思われるが (別記事参照)、もし傷が正しく逆行方向に進んだとすると、そこには「いつから問題」が生じる。では逆行方向の怪我はどこまで遡るのか? 生体の場合、サイドミラーやビルと違って痛みや出血による肉体の限界がある。「Pissing in the Wind解釈」を適用しても、怪我の程度によっては自然修復の前に命が尽きてしまうかも知れない。ただ、その場合でも順行キャットのそれまでの人生は消えないのだから、順行視点で俯瞰すると、彼女はある時突然死し、幾らかののちに息を吹き返して傷が急速に回復し、逆行銃で撃たれる瞬間に無傷になるものと思われる。順行の人間の人生に死体の期間が存在する。ヘビーな世界である (笑)。

量子力学の応用は…

「いつから問題」に量子力学のコペンハーゲン解釈を持ち込んでいる考察をいくつか見たのだが、それは少々強引な気がする。ここでは、主人公がBMWのサイドミラーを見ようが見まいが、その後、破損の「原因」である逆行アウディとの接触は起きたものとして描かれているので (起きたことは仕方ない)、「主人公がミラーを見たことで破損が確定した」(見るまでは壊れていない可能性もあった) とするのは因果律を無視しすぎだろう。そもそも走行中の車のような乱雑なマクロ環境に「重ね合わせ」を当てはめられるのだろうか? 青酸ガスが満ちている箱に猫を入れて「シュレーディンガーの猫」を唱えるような印象である。何より、作品全体が切ないまでに決定論的世界を描いているのに、この部分にだけ不確定性を持ち出すことはしないだろうと思うのである。

ご清覧ありがとうございました。